宇宙 (数学)

数学において宇宙 (universe) とは議論領域を指す言葉であり、しばしば特定の集合ないしより巨大な構成物を指す。

Wikipedia:ja:宇宙 (数学)、Wikipedia:Universe (mathematics)なども参照。

一般名詞としての宇宙、および宇宙論に関する話題は宇宙論の巨大数を参照。

「すべての集合」の集まり

以下では「すべての集合」を例としたクラスを数学的に扱うための手法をいくつか述べる．シュールマンなども参照．

グロタンディーク宇宙

集合論においては、『すべての集合の集合』を筆頭として『(ある性質)を持つ集合すべての集合』を考えることはできない。これらの"集合"は、ラッセルのパラドックス、カリーのパラドックス、その他多数の類似のパラドックスを引き起こすためである。しかし、議論のために「集合の全体」など、様々なものの全体という概念が必要になることは多い。これを回避する方法のひとつがグロタンディーク宇宙である。

以下の定義はMac Laneに基づいたものである。

定義 (グロタンディーク宇宙)
グロタンディーク宇宙 (Grothendieck universe)とは、以下の性質を満たす集合$U$である： $x\in u$に対して、$u \in U$ならば$x \in U$。 $u,v\in U$に対して、対集合 $\{u, v\}$、順序対 $\langle u,v\rangle$、直積 $u\times v$はすべて$U$に属する。 $x \in U$に対して、冪集合 ${\mathcal {P}}x$、和集合 $\bigcup x$は$U$に属する。 $\omega \in U$ ($\omega =\{0,1,2,\cdots \}$は有限順序数全ての集合。) $f:a\to b$が全射的関数で$a\in U$かつ$b\subset U$であるならば、$b\in U$。

この定義により、$U$の要素に対して行われた数学的な操作の大抵は、ふたたび$U$の要素となる。特に$U\models {\mathsf {ZFC}}$である．ここで$U$の要素である集合を「小さい」集合、$U$の部分集合である小さくない集合を「大きい」集合とすることにより、例えば「全ての小さい集合からなる圏」といった数学的構造について考えることが可能になる。しかし$U$と$V$は初等同値ではないことに注意されたい。すなわち$\mathrm {Set} _{U}$と$\mathrm {Set} _{V}$は異なる構造となる．

$\mathsf{ZFC}$に「全ての集合に対してそれを含むグロタンディーク宇宙が存在する」を加えた集合論をタルスキ・グロタンディーク集合論といい，これは$\mathsf{ZFC}$に「到達不能基数が非有界に存在する」を加えたものと無矛盾同値である。

真クラスとNBG集合論

「全ての集合」を取り扱う別の方法として、NBGの公理系を採用し、「クラス」を導入することが挙げられる。${\mathsf {NBG}}$においては、素朴な「ものの集まり」をクラスと呼び、クラスの要素であるものだけを集合と呼ぶ。すなわち、「クラス$x$が集合である」という文は $\exists C.x\in C$で定義される命題となる。
集合とクラスの区別がつく代わりに、${\mathsf {NBG}}$では「(ある性質)を持つ集合すべてのクラス」が定義できる。特に「すべての集合のクラス」が定義でき、これを$V$で表す。もちろんZFC上での議論と同様に、「(ある性質)を持つクラスすべてのクラス」を考えることはできない。

集合でないクラスを真クラス (proper class)と言う。明らかに$V$は真クラスである。$\mathsf{ZFC}$上で真クラスは"存在"できず、その要素の条件となる論理式(すなわち、真クラス$C$に対して $x\in C\Leftrightarrow \varphi _{C}(x)$を満たす論理式「$\varphi _{C}(x)$」)としてのみ記述される。
一般に集合論の話をするときは$\mathsf{ZFC}$がメタ理論であるため、真クラスはそのような個別の論理式を持った主張であることに注意すること。

真クラス$X$を表現する$\mathsf{ZFC}$の論理式を$\varphi _{X}(x)$で書いたとき、
「$X$は真クラスである」とは「$\exists x.\varphi _{X}(x)$だが，$x\in X\Leftrightarrow \varphi _{X}(x)$を満たす集合$X$は存在しない」、
「真クラス$X$の要素$x$」とは「$\varphi _{X}(x)$を満たす$x$」を意味している。

${\mathsf {NBG}}$は$\mathsf{ZFC}$の保存拡大である、すなわち$\mathsf{ZFC}$の論理式（すなわちクラスに対する変数を持たない）$\varphi$に対して${\mathsf {NBG}}$で$\varphi$が証明可能なら$\mathsf{ZFC}$でも$\varphi$が証明可能である。$\varphi$を矛盾を表す論理式とすればこれは$\mathsf{ZFC}$の論理式なので、${\mathsf {NBG}},{\mathsf {ZFC}}$は無矛盾同値である。保存拡大であるという事実は証明論的にはカット除去定理により部分論理式性から従い，モデル理論的には$\mathsf{ZFC}$のモデルを適切に${\mathsf {NBG}}$のモデルに拡大できることによる．

真クラスとフェファーマンの${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$

フェファーマンは「全ての集合」を扱う別の方法として、レヴィ・モンタギューの反映原理を元に${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$という公理系を提示した。

$\mathbb{S}$はSmallnessのSであり，小さい集合全体の集まりを意図している。具体的には$\mathsf{ZFC}$に定数記号$\mathbb{S}$を加えて、$\mathsf{ZFC}$に以下の公理を加えたものが${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$である。

1. $(\exists x)[x\in \mathbb {S} ]$。
2. $(\exists \alpha \in \mathrm {On} )[\mathbb {S} =V_{\alpha }]$。
3. $\mathbb{S}$を含まない論理式$\varphi$に対する$(\forall {\vec {x}}\in \mathbb {S} )[\varphi ({\vec {x}})\leftrightarrow \varphi ^{\mathbb {S} }({\vec {x}})]$、ここで、$\varphi ^{\mathbb {S} }$は$\varphi$の相対化、すなわち$\varphi$に現れる量化子$\forall x_{i},\exists x_{i}$全てを$(\forall x_{i}\in \mathbb {S} ),(\exists x_{i}\in \mathbb {S} )$に置換したものである。

論理式は無限個あるため、3もまた無限個の公理からなる。このような$\mathbb{S}$はクラス$V$と殆ど同じ役割を果たし、${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$から$\mathbb{S}$に対して示せたものは$V$に対しても示せたことになる。すなわち$\mathsf{ZFC}$の閉論理式$\varphi$に対し、${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$から$\varphi ^{\mathbb {S} }$が証明可能であることと、$\mathsf{ZFC}$から$\varphi$が証明可能であることは同値である。

${\mathsf {ZFC}}/\mathbb {S}$も$\mathsf{ZFC}$の保存拡大であり、よって無矛盾同値である。この事実は証明論的にはカット除去定理により部分論理式性、及び証明に現れる$\mathsf{ZFC}$の公理は有限個であるから、それに対する反映原理でモデルを取ることで示される。

集合論における宇宙

集合論において宇宙とは、ZFやその他の集合論のモデルを与えるために構成されたものを指すことが多い。

フォン・ノイマン宇宙

フォン・ノイマン宇宙とはZFCで扱うことが出来る全ての集合を漸増的に定義する真クラスである。それは集合ではないが、「全ての集合の集合」とみなすことができる。それは累積階層という、次のように定まる超限列により定義される:

$V_{0}=\{\}$

$V_{\alpha }=\bigcup _{\beta <\alpha }{\mathcal {P}}(V_{\beta })$ (ここで $\mathcal{P}(X)$ は $X$のべき集合である)

全ての順序数$\alpha$に対して$V_\alpha$を定めた上で、次のように置く:

$V=\bigcup _{\alpha \in {\text{On}}}V_{\alpha }$

これがフォン・ノイマン宇宙である。

構成可能宇宙

構成可能宇宙を定義するために、次のような関係を定義する必要がある:

$\mathrm {Def} (X)$を$X$由来のパラメータを持つ一階論理式で定義される$X$の部分集合全てを含む集合とする。

$X$由来のパラメータを持つ一階論理式とは、自由変項$y$と$z_{1},...,z_{n}\in X$を用いて$\Phi (y,z_{1},...,z_{n})$と表される一階論理式(記号 $\exists$、${\overline {\wedge }}$、$\in$ 等を含む)である。この$\mathrm {Def} (X)$を形式化するためには論理式をゲーデル数化しなければならないが省略する。

集合$Y$が論理式$\Phi (y,z_{1},...,z_{n})$によって定義されるとは、$Y$が$\Phi (y,z_{1},...,z_{n})$を満たす集合$y$全体の集合であるということである。

与えられたクラス$A$に対し、構成可能閉包 (constructible closure) $L(A)$を以下のように定義することが出来る:

• $L_{0}(A)=$ $A$を含む最小の推移的クラス(推移的クラスとは、自身の部分クラスのみからなるクラスである)
• $L_{\alpha }(A)=\bigcup _{\beta <\alpha }\mathrm {Def} (L_{\beta }(A))$
• $L(A)=\bigcup _{\alpha \in \mathrm {On} }L_{\alpha }(A)$

ここで$A=\emptyset$のとき$L(\emptyset )$を$L$と表し、構成可能集合という。

この構成可能閉包の定義はあまり上手く振る舞わない，特に${\mathsf {ZF}}$において一般の$A$は整列順序を持たないかもしれないため$L(A)\models {\mathsf {AC}}$とは限らない。

よって以下の$A$に相対化した構成可能宇宙 (constructible universe relative to $A$) を考えることもある．まず$\mathrm {Def} ^{A}(X)$を構造$\langle X,\in ,A\cap X\rangle$での一階論理式で定義可能な$X$の部分集合全体である。ここで$A\cap X$は一変数の関係とする。$A$に相対化した構成可能階層$L[A]$は以下のように超限再帰で定義される。

• $L_{0}[A]=\emptyset$
• $L_{\alpha }[A]=\bigcup _{\beta <\alpha }\mathrm {Def} ^{A}(L_{\beta }[A])$
• $L[A]=\bigcup _{\alpha \in \mathrm {On} }L_{\alpha }[A]$

このようにすれば$L[A]\models {\mathsf {AC}}$である。

また$L$階層は振る舞いがよくないことから$J$階層というものも考えられている。$J$階層は$A$に相対化した基礎関数閉包$\mathrm {rud} ^{A}(X)$を用いて超限再帰で定義される．

• $J_{0}[A]=\emptyset$
• $J_{\alpha +\omega }[A]=\mathrm {rud} ^{A}(J_{\alpha }[A]\cup \{J_{\alpha }[A]\})$
• $J_{\omega \lambda }[A]=\bigcup _{\xi <\lambda }J_{\omega \xi }[A]$ ただし$\lambda$は極限順序数である．
• $J[A]=\bigcup _{\alpha \in \mathrm {On} }J_{\omega \alpha }[A]$

$\omega \alpha =\alpha$なる順序数$\alpha$に対して$L_{\alpha }[A]=J_{\alpha }[A]$であり，従って$L[A]=J[A]$である。