大数仮説 (又はディラックの大数仮説) とは、物理定数から求められる無次元数に\(10^{40}\)とその近辺の数値が現れるのは、偶然ではなく必然であるという宇宙論における仮説である。

概要

この仮説の提唱には、元々1919年にヘルマン・ワイルが指摘した仮説が下地となっている[1][2]。ワイルは当時知られていた観測可能な宇宙の半径が、静止エネルギーが重力自己エネルギーに等しい粒子の仮想半径である可能性を指摘した。ワイルは宇宙の半径Ruと仮想粒子Hの質量及び半径が、電子の電磁的半径と質量を結びつける式の類推で関連付けられるとし、更に万有引力定数Gを含めた以下の式を考案した。

\(\cfrac{R_{u}}{r_{e}}\approx\cfrac{r_{H}}{r_{e}}\approx10^{42} \\ r_{e}=\cfrac{e^{2}}{4\pi\varepsilon_{0}m_{e}c^{2}} \\ r_{H}=\cfrac{e^{2}}{4\pi\varepsilon_{0}m_{H}c^{2}} \\ m_{H}c^{2}=\cfrac{Gm_{e}^{2}}{r_{e}}\)

アーサー・エディントンは1937年にこれをさらに拡張し、上記の比率を宇宙の荷電粒子の総数に関連付けた以下の式を考案した[3]。なお、エディントンはこの1年後にエディントン数を考案した事でも知られている。

\(\cfrac{e^{2}}{4\pi Gm_{e}c^{2}}\approx\sqrt{N}\approx10^{42}\)

ディラックの大数仮説

このような大きさが\(10^{40}\)オーダーの無次元数は、例えば以下のような数値にも表れる。

例1: 宇宙の年齢と光速度の積と、電子の電磁的半径の比

\(\cfrac{ct}{r_{e}}\approx10^{40}\)

例2: 電子と陽子の距離での電磁相互作用と重力相互作用の大きさの比

\(\cfrac{e^{2}}{4\pi\varepsilon_{0}Gm_{p}m_{e}}\approx10^{40}\)

これらの解釈から、ポール・ディラックは万有引力定数は決して "定数" ではなく、時間と共に変化する物理量であると仮定した。また、このような\(10^{40}\)オーダーの無次元数が現れるのは、偶然ではなく必然と仮定した。そして、以下の3つの仮説を提唱した。

  • 万有引力定数は宇宙の年齢に反比例する: \(G\propto1/t\)
  • 宇宙の質量は宇宙の年齢の2乗に比例する: \(M\propto t^{2}\)
  • 物理定数は常に一定ではなく、宇宙の年齢に依存する

なお、万有引力定数が時間と共に変化するという仮説は、エドワード・アーサー・ミルンも独自に宇宙の年齢と質量に関連付ける以下の式を提唱している[4]

\(G=\cfrac{c^{3}t}{M_{U}}\)

その後

大数仮説は正式には肯定も否定もされていないが、現時点では否定的な見方が大勢である。質量に関する部分は質量保存の法則に明らかに反しており、化石の記録や遠方の宇宙の観測では、万有引力定数が固定された値である事を否定する観測結果は現在導かれていない[5][6]。一方で一部には肯定する主張もある[7][8]

出典

  1. Hermann Weyl. (1917) "Zur Gravitationstheorie." Annalen der Physik. 359 (18), 117–145.
  2. Hermann Weyl. (1919) "Eine neue Erweiterung der Relativitätstheorie." Annalen der Physik. 364 (10), 101–133.
  3. A. S. Eddington. (1931) "Preliminary Note on the Masses of the Electron, the Proton, and the Universe." Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society. 27 (1), 15-19.
  4. E. A. Milne. (1935) "Relativity, Gravity and World Structure." Oxford University Press.
  5. Edward Teller. (1948) "On the Change of Physical Constants." Physical Review. 73 (7), 801–802.
  6. Jeremy Mould & Syed A. Uddin. (2014) "Constraining a possible variation of G with Type Ia supernovae." Cosmology and Nongalactic Astrophysics.
  7. V. Canuto, S. H. Hsieh. (1978) "The 3 K blackbody radiation, Dirac's large numbers hypothesis, and scale-covariant cosmology." Astrophysical Journal. 224, 302-307.
  8. V. Canuto, S. H. Hsieh. (1980) "Primordial nucleosynthesis and Dirac's large numbers hypothesis." Astrophysical Journal. 239, L91.

関連項目

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